朝日新聞朝刊 1998.09.19
異性、金銭、地位、健康の四つが、分裂病再発のきっかけになる。むかし江熊要一という精神科医がこう主張し、後に「四つ葉のクローバー」と例えられた。 四つ葉のいずれにも無関心という人は少ない。すべてに満たされている人も少なそうだ。人の世の不幸は、失恋、貧困、失業や左遷、病気が原因ということらしい。 戦争、恐慌、飢饉(ききん)、大災害でも起きれば、クローバーは一挙に吹き飛ぶ。職業があり、恋人や配偶者がいて、ささやかな蓄えがあり、検診でひっかからない程度に健康であれば、それだけでものすごく幸せなのである。 その代価として、仕事のノルマに追われ、家庭で悩み、多くのストレスに囲まれて生きなければならないらしい。 いまをときめくレオナルド・ディカプリオが出演した映画に『マイ・ルーム』(1996年)がある。レオ君は十七歳の不良少年役だ。 ダイアン・キートン演ずる叔母が白血病になる。叔母は寝たきりの父親と、その妹とみられる痴呆(ちほう)ぎみの老人の面倒をみている。自分一人の命ではないと思っている。 レオ君の口うるさい母親役をメリル・ストリープが演ずる。キートンの妹役でもある。姉とは親の面倒をみることなどを巡って確執がある。しかし、妹は白血病治療のため骨髄提供者候補としてレオ君を連れ、二十年ぶりに姉に会いにいく。 レオ君は叔母と触れあい、ただの不良少年じゃないところをみせる。ストリープもただの口うるさい女ではなかった。一つの病気が家族の再生を呼び、一人ひとりが幸せを感じる気持ちを取り戻す過程を描いた作品だ。 白血病の悲惨さは壮絶だ。骨髄移植も相当な苦痛を伴うので、移植チームに精神科医が関与することもある。 無一文になっても体は残る。まず大切なクローバーは健康だ。幸せは遊んで暮らせる楽園では見つからない。